誕生日にしなければならないこと
「まるいの、あまくてふーって」
またわけのわからないことを言いだしたなあ、とゾロはおもう。
サンジはひとかかえほどの丸いものをジェスチャーで示し、さらにそれに息を吹きかける動作をする。
ほっぺたを真っ赤にふくらまして、一生懸命ふうふうやっている。
が、ゾロにはなにをしているのかよくわからない。
だからいつもどおり、ほったらかしている。
「ねーぞろー!」
無視して新聞に目をおとしたゾロが、サンジは不満らしい。
「なんだよ」
言いながら、新聞から目は離さない。
3月2日、天気晴れ。
特筆すべきニュースは無し。
「ぞーろーきいてー」
「聞いてる聞いてる」
「だからねー、ふーってやりたいの、さんじはふーって」
「わかったわかった」
でもまだ床にひろげた新聞を読んでいる。
サンジはあぐらをかいついるゾロの背中にのしかかり、肩ごしに新聞を見る。
サンジは字が読めない。
アヒルには必要ないからだ。
でも、数字は読めるようになった。
ゾロが帰ってくる時間を時計で見るためだ。
「さん、にー」
サンジは新聞のいちばん上に印刷された日付を、指さしながら読み上げる。
「重いって」
「やーだー」
ゾロは体をひねってサンジをおろそうとする。
するとサンジは必死にしがみつく。
サンジはやたらゾロにくっつきたがる。
しかし、元がアヒルであるゆえにこどもみたいなのうみそをしているけれども、
サンジは見た目には立派な成人男子である。
別に耐えられないわけではないが、ゾロにとってはやはり邪魔だ。
「やだー!」
耳元でわめかれて、とうとうゾロは根負けする。
鼓膜がじんじんして、頭がちょっと痛い。
「で、なんだって?」
顔を向けてやると、サンジは嬉々としてゾロの背中から下りる。
「あのね、」
サンジは正座だ。
神妙な顔つきなのが可笑しい。
ゾロもつられて正座する。
「さんじはね、まるくてあまいのをね、ふーってやりたい」
なぞなぞのようだ。
「それだけじゃ全然わかんねぇよ」
サンジの話がわけわからないのはいつものことだ。
理解するのには骨が折れる。
ただでさえゾロは、察しの悪いにぶちんなのに。
「んとね、こないだびびちゃんがやっててね」
「ビビが?」
最近、サンジは近所の女の子と仲良くなった。
あの青い髪の子が、確かビビといったはずだ。
「うらやましかったからさんじもやりたいんだい」
鼻息あらくサンジは宣言する。
だい、じゃねぇだろ。
おもいながらも、『まるくてあまいものをふーってやる』の正体はビビに聞けばいいとわかって安堵する。
サンジの話じゃ永遠にわからないだろう。
「じゃあビビんとこ行くぞ」
ゾロが立ち上がると、サンジは不思議そうにゾロを見上げた。
「なんで?」
「お前の説明じゃわからねえ」
「まるくてー」
「いいから行くぞ」
「じゃあさんじもいく」
相変わらず自分では結べない靴紐を結んでやって出かける。
はじめはサンジに自分でやらせようとしたが、ゾロはものを教えるのも下手なのだ。
出かけたはいいが、ゾロがちょっと余所見をしたすきにサンジはみずたまりにつっこんでアヒルになってしまった。
そのままビビの家を目指すと、アヒルに先導させて歩く男は、すれ違う人々に奇異の目で見られた。
もっとも、ゾロは全くそんなことは気にしなかったけれども。
花のついていないさるすべりの横をとおって、竹垣から庭をのぞきこむと、
ビビはもう一人の少年と遊んでいるところだった。
すぐにゾロの緑頭に気がついて駆け寄ってくる。
「ミスターブシドー!こんにちは」
ビビはなぜかゾロをこう呼ぶ。
竹刀の袋を持って歩いているのを見られたからだろうか。
「どうしたの、きょうはサンジさんきてないのよ」
「あー、ちょっと聞きたいことがあって」
目元に傷がある少年はなんだか知らないがゾロを睨みつけてくる。
しかしここで睨みかえすのも大人気ないので無視しておく。
「こいつがよくわかんねえこと言うんだけど、心当たりないかとおもって」
サンジがゾロのジーンズの裾をつつくので、持ち上げてビビに顔を見せてやる。
「まあ、どんなことかしら」
「丸くて甘いもんを吹きたいんだと」
ビビは大きくまばたきをした。
音がしそうなくらい、大きな目だ。
「こいつが言うにはこの前ビビがやっててうらやましかったらしいんだけど、心当たりねえか?」
「まるくてあまいものをふく・・・?」
ビビは首をひねる。
「なぞなぞみたいね。コーザ、なにかしら」
すると少年はちょっと考えてから口を開いた。
「ケーキじゃねえの?誕生日の」
ビビが手を叩く。
「それよ!先月お誕生日パーティをやったもの」
ということはサンジはそのパーティに参加していたのか。
聞いてねえぞ。
いつも勝手に外をうろついたりするなと言っているのに。
「そのときにね、サンジさんのお誕生日もきめたのよ。そういえば今日だったわ」
「決めた?」
「そうなの。サンジさんたらじぶんのお誕生日がわからないっていうんですもの」
「・・・・・・まあとにかくありがとう」
合点がいったのでゾロが帰ろうとすると、ビビが呼び止めた。
「まって、ミスターブシドー」
ゾロが向きなおると、
「ねえ、うちで今からサンジさんのお誕生日パーティしましょう。ね、いいでしょコーザ」
コーザはうなずくとすぐに、ケーキ買ってくる!と走っていった。
案外いいこどもじゃねぇか、さっき睨んできたのはなんだったのかと、ゾロは拍子抜けした。
サンジは嬉しそうにがあがあ鳴いている。
アヒルを抱いたゾロの腕がぶるぶるするほど高らかに鳴いている。
その日、サンジは『あまくてまるい』ケーキのろうそくを『ふーって』吹いて、満足顔でビビの家をあとにした。
こういうのもわるくないなあと、ゾロはおもった。
3月2日の日記より。サンちゃんお誕生日おめでとう。
コーザはゾロに警戒心を抱いていますが、サンジのことはかわいがってくれます。