あなたが気づかない所為だ









静かな夜だ。
猫の子ひとり見えない道を、うら若い娘がひとり、ひとりの男の姿を胸に、駆けていた。
裸足の爪先に、触れている草履すらきんと冷たい。
音を立てないようにこっそりと門の脇のちいさな扉をくぐり、庭をとおってまだ明かりの透ける障子に向かう。
縁側に片膝をつき、身を乗り出して障子に手をかけようとしてから、迷った。
自分はとんでもなく非常識ではしたないことをしている。
年頃の娘が真夜中にこっそり外出するなど、それで異性に会いに行くなど。
けれど止めることができなかったのだ。
なかったことにして帰ろうかとおもった、そのほうがいいと。
けれどそのとき、障子が内側から開いて、胸の中の立ち姿が目の前に現れた。








「・・・ゾロ」
サンジは驚いている。
当然だ、こんな真夜中に突然。
「ど、どうしたの、とにかく入って」
そう言ってゾロを部屋に開けると、注意深く外を見渡してから静かに障子を立て切った。
部屋の中は火鉢が焚かれてあたたかいから、ゾロは急に自分の体が冷えているのを感じた。
この寒いのに、着のみ着のままで出てきてしまったのだ。
ぶるりと身震いすると、サンジが自分の羽織を肩にかけてくれた。
「こんな薄着で。寒かっただろ?」
両手をとられて、サンジの両手でぎゅうと包まれた。
サンジの手はあたたかくて、冷えた指先はぴりぴりと痛みを伴って熱を取り戻していく。
「何かあったの?」
既に布団が敷かれているから、サンジはそろそろ寝るつもりだったのかもしれない。
机の上には読みさしと見える本が開いたままだから、もしかして自分は勉強中を邪魔したのかもしれない。
それなのにサンジはやさしく、つらくなるくらいやさしくゾロに話しかける。
ゾロは首を振り、サンジは首を傾げる。
「それならどうしたっていうのさ」
答えるに足る言葉をゾロはひとつも持っていなかった。








うつむいたままでいると、髪を撫でられた。
何度も何度も撫でられた。
そして冷えたからだが芯からほうっとあたたまっていった。
それにしたがって、ひき結んだ唇もほどかれていった。
「・・・先生に、縁談がきた、って言われて・・・・・・」
サンジはそのままずっとゾロの髪を撫で続けた。
「・・・でも、好きな人がいるのかって聞かれて、それで・・・」
うまく口にできないことを、高ぶる気持ちを、それでもゾロは懸命に伝えようとした。
サンジに聞いて欲しかった。
それがどうしてなのかわからないから、だからこそサンジに聞いて欲しい。
「それで・・・・・・そんなの知らないから、否定して、でも胸が痛いんだ」
サンジの着物の袂をつかむ。
サンジはただ黙っていた。
「おまえの顔が、浮かぶんだ・・・・・・どうしてだかも、なにも、わかんないのに、痛くて・・・・・・」
心臓が不規則な拍子をきざんでいる。
そこまで言って、ゾロは大きく息をついた。
体のなかがぐらぐらしていて、鼻の奥がつんとする。
今にも涙がとびだしてしまいそうだ。








ずっと黙っていたサンジが突然性急なしぐさで、ゾロの体を腕の中に抱きこんだ。
それは痛いくらいにきつい力で。
「・・・・・・ゾロ、」
耳元で名前を呼ばれて、さざなみのように爪先までひろがるもの、その感覚だけが、ゾロを支配している。










日本家屋のことなんか知りません。