BIND









Now it's over, baby, baby,





スピーカーからすきとおるような声が、店内に響いている。
サンジはこの曲を知っている。
最近はやりの、華奢なからだの女の子の歌だ。
It's over?
何が終わったって?
サンジは泣きそうになるのをこらえながらこぶしをにぎりなおした。
数分前まで彼の恋人だった男の背中は、夕暮れ時のカフェの窓から見えなくなり、街の中に消えた。





「結婚することになったんだ」
ゾロはなにごともないふうに言った。
サンジはなにを言われたのか理解できなくて、でも自分の頬がこわばってゆくのだけ、はっきりと感じた。
「だからおまえとはもう会えない」
ゾロはサンジの目をしっかりと見て言った。
こんなとき、だれだってきっと、視線が泳ぐのを止められないだろ。
少しの迷いでも見せてくれたら、そこにつけこむ術をサンジはいくらでも知っている。
なのにゾロは少しもそんな隙をみせやしない。
こんなふうにされたらだめだ。
こんなときどうしたらいいのかサンジは知らない。
サンジは自分の目こそ泳がせた。
「な・・・んでだよ」
張り付いているような喉をしぼっても、みっともなく掠れた声しかでてこない。
サンジの年上の恋人は、もともととてもそっけなく、
サンジから連絡をとらない限り向こうから電話やメールをしてくることは皆無だった。
それでもサンジが誘えばたいてい断らず、時間は守らないものの約束の場所に現れたし、
ベッドの上でさえ、サンジに押し倒されていることを疑問におもっているふうではなかった。
けれど近ごろはメールをしても返事がなく、電話をかけても忙しいから、とすげなく切られることが続いて、
さすがにサンジも不審におもっていた。
それで今日は、しびれをきらしてなにがなんでも会おうと、半ば無理やりに約束を取りつけたのだった。
もちろん、こんな話を聞くつもりではなかった。
もっと甘くていやらしくて満たされた時間をすごすはずだった。
「なんでって、はじめからわかってただろう?こんな関係、長続きしないって」
ゾロの声はおだやかだ。
きかないこどもに諭すようにやさしい。
ゾロは22も年下のサンジを、けして子供扱いしなかった。
はじめてホテルに入った夜も、サンジにすべてを任せきって、着ていたスーツに似合わない仔猫みたいな声で啼いた。
昼間の街中で並ぶことを嫌がり、会うのはいつも夜と決まっていた。
サンジは約束の場所にぴったりの時間に到着しているのに、ゾロはいつも遅刻してきた。
ゾロが来るまでの時間、サンジは、来るだろう、いや、もう来ないかもしれない、でもまさか来ないことはないだろう、でも、
と期待するがゆえの不安で悶々とした時間をすごした。
そしてその時間はいつも、ゾロが悪い、迷った、と言ってサンジのところに来てくれることで報われた。
ゾロのたくましい首筋に顔を埋めて、彼の体臭をかぎながら、其処此処に痕を残すのが好きだった。
普段彼がなにをしているのか少しも知らないし、もしかして別の恋人もいるのかもしれない、と妄想しながら、
あちこちに吸いついて、それが彼にとってどんな副作用をもたらすのかと繰り返し考えた。
サンジはふつうの大学生で、ゾロはなんだかよくわからない仕事をしていて、自分のことは教えてくれなくて、
ふたりとも男で、年の差が親子ほどもあって、どうかなってしまいそうなくらい好きなのはサンジだけみたいで。
長続きする要素なんてどこにもなかったけど、すくなくともサンジはゾロといる時間が心地よくて、
ふわふわとしあせな時間が時間が果てしなく続くとおもっていた、ずっと一緒にいたいとおもっていた、
そんな単純な願いがどうにか叶うと、根拠もなく漠然と信じていた。
それなのにゾロは。
「・・・結婚、したいのかよ」
「ああ」
「おれを捨てても?」
「・・・ああ」
ゾロの顔が見られない。
いくじなしの自分がもどかしく、苛立たしい。
ひさしぶりにゾロと会えるとおもって、うれしくてうれしくてしかたなかった、さっきまでのバカな自分を呪いたいくらいだ。
サンジを持ち上げるのもつきおとすのもゾロだ。
ゾロに捨てられる。
その絶望感、というよりもむしろ虚無感で頭の中がからっぽで、なにも考えられなかった。
「サンジ、おれはおまえがかわいくてかわいくてしかたなかったよ」
だったらどうして。
どうにかしてゾロにおもいなおしてもらいたいのに、ひとつの方法もおもいつけない。
だって、結婚なんて。
どうやったってサンジにはどうしようもできない。
「おれがもう少し遅く生まれてたら、ちがっていたかもしれないけど」
ゾロが年齢を気にしていないとおもっていたのは、気にしていないふりだっただけなのか。
サンジにもゾロにもどうすることもできないことが理由なんて、あまりにも残酷だ。
ゾロのそばで、そのうちゾロが溺れるくらいのいい男になろうと、なれるとおもっていた。
でもサンジはゾロの知らない場所で、そうならなきゃいけないのか。
ゾロもまた、サンジの知らない場所で変わってゆくのだろう。
なんて残酷なんだろう。
心がずたずたに切り裂かれる。
そのくせ、痛みはあまりない。
こうなることを心のどこかで予想していなかったわけじゃない、でも、現実の破壊力というのはすさまじい。
「さよならサンジ、どうか、しあわせに」
サンジはずっと自分のにぎりこぶしを見ていた。
だけど、ゾロがふっと、かなしげに微笑んだのが、見えていないのに見えた気がした。
そしてテーブルから伝票をとって、席を立つ、革靴の足音が遠ざかる。
泣いてすがってめちゃめちゃに罵倒して店に迷惑をかけるくらいに暴れて、今すぐゾロを困らせてやりたい、
でもそんなことしたくない、ゾロを困らせたくない、ゾロに嫌われたくない。
どうしたってもうだめだってわかっている、そこまで馬鹿じゃない、いっそ馬鹿だったらそのほうがよかった。
無駄なあがきができるなら、いっそどんなに楽だろう。
なにもかもわかっていて何もできない臆病な男なのだから、いっそ今すぐ、彼に恋い焦がれて死にたい。





女の子の歌は終わり、別の曲が流れだす。
にぎりこぶしをふとゆるめ、まぶたを閉じる。
年老いたふたりが寄り添って日向で微笑みあっている。
そんな姿もサンジは想い描いていた。
もう、永遠にかなわない願いなのだけれども。





Now It's over.







6月24日の日記より。
22歳年下のサンジ×22歳年上のゾロ。せんぱいの悲しみをネタにしてごめんなさい。
BGM「バイバイ」アスラマウニヴェルシティニャ