BLINK









傷つけばいいとおもった。
あの不安や安堵や喜びや悲しみで一瞬毎つぶさに色彩を変える顔が、苦痛で歪めばいいとおもった。
そうしてもう二度と顔を見たくないと思われたかった。
訪れなければならなかったはずの倦怠も摩耗も怠惰も徒労感も、自分たちにはやってこなかったのだから。





嘘をついた。
出会ったときから何も語らないことで正面切ったまっすぐな偽りを回避してきたけれども、はじめてひとつ、嘘をついた。
嘘をつく理由は簡単だ。
彼の為、そして自分の為だ。
サンジは恐ろしい位にゾロに夢中で、またゾロも自らを嘲笑したくなるほどサンジに夢中だ。
その癖二人して恥も外聞も捨てきれない。
昼間の街中で会うのが嫌なのは、サンジが知り合いに見られたら説明のつけようがないと思うからだ。
また、ゾロが自分から連絡をとらないのは、そんなことをしたら見境がなくなってしまう(勿論自分が、だ)に決まっているからだ。
一晩中彼に抱かれていたい。
厭わしき朝が来たら、彼の手で瞼を塞ぎ、彼の囁く声で鳥のさえずりなどかき消して欲しい。
狭い部屋の中で、小さな窓の傍に並んで日光消毒され、日がな一日朝から晩まで休むこと無く自堕落に生きていたい。
サンジの子供じみた不安定を、裏腹に大人びた理性を、笑顔を、愛撫を、輝きを愛していた。
来るはずの終わりを見ないふりをして、必死で目の前のゾロだけ見つめる、その背後にちらつく未来は考えない。
サンジのような若者にとってこんなに不健康なことがあるだろうか?
ゾロの腐りかけの体の前に膝を折り、先へ進むことを拒否しているのなら、ゾロは年長者として正さねばならない。
どんなに彼が手放し難い存在だとしても、それはゾロの義務なのだ。
そしてまたゾロは、これ以上サンジの未来を台無しにしてしまうという罪悪感に苦しみたくないのだった。
こんな風にゾロの為に時間を割く彼を、口外できない秘密を抱える彼を、例えば彼の友人は不審がりはしないだろうか?
彼の親、或いは家族にはどう説明するのだろうか。
それ相応の年齢になり、決まった人はいないかと問い詰められたとき、彼は何と言えばいい?
『決まった人が男なので貴方がたのご期待には添えません』?
笑わせる。
有得ないことだが、例えサンジがゾロと結ばれ、周囲に認められたとしても、法的には結ばれず、子供もできない。
一生「ふつうの」人間たちから後ろ指を指されて唾を吐かれ、暗い日陰を歩かねばならない。
あの日溜まりのような彼がだ!
それを思うとゾロの勇気は随分と奮い立つ。
彼が彼に似つかわしい場所で幸福になる、それが望みだ(綺麗事言ってんじゃねえ!)。





「結婚することになったんだ、だからおまえとはもう会えない」





嘘はどちらにとっても残酷な程、つるりと簡単に口から出た。
ひと月程、彼の呼び出しに応なかった。
サンジが諦めるかと淡く願ったが、それも無意味なことだった。
モラトリアムにはいつか終わりが来るものだ。
腹を決めるのに、時間は充分にあった。





待ち合わせの喫茶店にゾロが先にいたことに、サンジは少々面食らっていた。
そしてついその前まで、彼に会ったら何と言おうかと必死に考えていたのが冗談のように、自分は平静に嘘をついた。
サンジの顔が、面白いくらいにぐしゃりと歪んだ。
これを見たかったんだ、と笑みが浮かびそうになるのを堪えた。
呼吸がしづらいのは気のせいだ。
知らぬ間に握りこんでいた掌をそっと開いてズボンで拭った。





可哀想なことにサンジは賢い青年だ。
残酷な運命の前に無力な己は平伏すしかないと知っている。
サンジが縋るような目でゾロを見つめる。
本当に申し訳ないのだが、救ってやることはできない。





結婚する、と。
お前の前から永遠に消えるから幸せに、おれのいない場所でどうか幸せに、と。
そんなことできるはずないと卑怯な打算(或いは期待)をしながら、口だけで彼の幸せを願うふりをした。
煮え切らない思考のまま、顔だけは何もかも達観したように穏やかに微笑んでいることだろう。
今だけは、全ての痛みを彼に預ける。
時が経てば、彼はゾロといたのでは叶わない未来をあまねく手にしてゾロを忘れ、痛みは残らず自分のものになるだろう。
それまでは、傷つけてすまないなどと、ゾロは思ってはいけないのだ。





伝票を手にして立ち上がり、喫茶店から出た後、サンジはゾロを追わない。
夕日が眩しくて、目の前が真っ暗になった。







22歳年の差サンゾロの、ゾロ視点の続き。
サンジもゾロも、弱い。