春花巡









ぽかぽかと暖かい春の、すてきな陽気の日。
生徒をうとうとさせるのが得意な教師の、のんびりとした声がゆったりと教室にとけてゆく。
「欠席は?」
「いませーん」
低く落ち着いた老教師の声に、悪戯に真似をしてのんびりと答えるのは最前列の生徒。
重なるように、教室の後ろから、オレンジの髪の女生徒の快活ではっきりとした声が届く。
「先生、ロロノア君がいません」
「おや。またいないのかい」
窓際の列の後ろから3番目、サンジの前の席は空洞になっている。
老教師は名簿にしるしをつけると、のんびりと教科書のページ数を指示した。
それは透明な遠い音となって、サンジの鼓膜をかすかに揺らした。





教室の生徒の大半がまどろみの中で過ごした5時間目が終わり、
6時間目の始業チャイムが鳴るかというところで、ようやくゾロはぼんやりした足取りで教室にやってきた。
彼がサンジの横をすり抜け一つ前の座席に着いたとき、
机に突っ伏したサンジの鼻腔をふわりと甘い香りがくすぐった。
女の子の香水などとは違う、自然の花の芳香だった。
金木犀に似ているけれど、季節が違う。
あれは秋の花だ。
ゾロは椅子に座ってすぐにまた腕組みをして左の窓側に傾き眠り始めている。
薄目を開いてその姿を確認してから、サンジも花の香りに包まれて再び眠りの泉へ浸かっていった。





放課後、サンジは中庭や裏庭、校庭の隅をふらふらとさまよって、花の香りを探した。
サンジは花の種類なんか女の子にプレゼントして喜ばれるような花しか知らない。
何の花の香りだかわからないから人に聞くことも出来ない。
いくらゾロの髪が植物のような色をしているからといって、
流石にゾロ自身からあの香りがしていたわけがない。
山の上に建った学校は敷地が広く植物もたくさんあって、くまなく探すのには骨が折れる。
一休みしようと中庭から剣道場へつながる道のコンクリートに腰を下ろすと、
黄色っぽい風が吹いて、あの甘い香りがした。
ひとつくしゃみをしてから、風上の方に向かって歩いた。





果たしてその香りの出所の木は、あった。
剣道場までの道の両端は10センチほど高くなって芝生と木が植えられている。
さまざまな種類の木が四季にくまなく楽しめるように配慮されていて、
そのうちの一本がサンジの探す木であった。
その木は丈はそう高くなくサンジの身長よりやや低い程度で、大きく枝を広げている。
しかも隣につつじが植わっているから、身を隠すのには都合がいい。
ちょうど人一人が横になれるくらいのスペースが開いている。
陽光も程よく当り、程よく遮られていて、この影に隠れて昼寝をするのはさぞかし気持ちがいいだろう。
ゾロがその髪の色を保護色に芝生に寝そべって寝息を立てている姿が目に浮かんだ。
彼がしていたと思われるのと同じようにその秘密の場所に寝転がった。
芝生はすでに先客の体重でぺたりとしていたが、腕や頬をわずかにくすぐった。
そして動かぬ証拠を見つけた。
つつじの陰に、彼の竹刀。
誰も知らない彼の秘密を手に入れた気分になって、ひとりでくすくすと笑った。





「何してんだ」
ささやかな幸せを噛みしめているサンジの体に、心をかき乱すたったひとつの音が降り注いだ。
幸せにぼうっと麻痺した体も心も反応が鈍く、瞳がゾロの姿を捕らえても、
ゾロだと認識するのに多少の時間を要した。
「おれの竹刀、知らねぇか」
サンジの返事を待たずにゾロは横たわったサンジの体の傍まで来て、
顔を地面に近づけて竹刀を探した。
そのとき、サンジの顔のまん前にゾロの形の良い後頭部があった。
目がちかちかして、うまく息が吸えなかった。
「あった」
ゾロはつつじの下の竹刀をつかむと、勢いよく取り上げた。
竹刀はつつじの端をかすめて、小さな葉っぱが数枚、ぱらぱらと舞い散った。
サンジがひとことも言えないままだったというのに、ゾロはもう剣道場の方へ姿を消してしまっていた。
深呼吸をすると、昼間教室で嗅いだゾロと同じ花の香りで肺がいっぱいになった。
それはとてもふわふわとしていて、しあわせで、胸がやぶけそうで、苦しかった。





らしくなく猫背のサンジが、20センチ浮いた足取りで廊下を歩いているのを、
不信に思ったオレンジの髪の女生徒が呼び止めた。
「サンジくん」
夢見心地のサンジは情けない声で、ナミさん、と言った。
「どうしたの?迷子のおまわりさんみたいな顔をして」
サンジはなんと答えていいのかわからなかった。
黙って首を振った。
ナミはそんなサンジを見て、それ以上問い詰めようとはしなかった。
「なんだかいい匂いがするわね」
サンジの制服の胸元に顔を寄せて匂いを嗅ぐと、甘い花の匂いがした。
「何の花かしら」
微笑むナミに別れを告げて帰途に着いた。
サンジの嗅覚は自身からするこの香りに慣れてしまって、これ以上サンジの心を震わせてはくれない。





さあ、と風が吹いて、甘い花の香りが流れてくる。
明日になったら空気にちりぢりに消えてしまう、2人がほんのひととき、共有したその香りが。







4月ごろずっと気になっていた金木犀みたいな甘い花の香り。
多分ジャスミンじゃないかと思われます。しーらない。
200hit記念で吉野さんに。お題は「学生サンゾロ」でした・・・が・・・・。
これ別に学生じゃなくたっていいじゃんっていう突っ込みは受け付けません。
私だって学園ファンタジーもの(秘密組織生徒会とかドリーム体育大会とか)やりたかったの!
サンゾロになってないじゃんっていう突っ込みも哀しくなるのでやめてください。
誰かに捧げるために書くって言うのは緊張するもんなんですね。