あなたが綻びゆく姿は









終業の鐘の響きが霧散していく。
「ゾロ、一緒に帰りましょ」
女学校の級友が話しかけてきてもゾロは机に頬杖をついたままぼんやりしていた。
「ゾロ?授業終わったわよ?」
「あ・・・・・・ナミ」
おおかたの生徒は既に教室を出て行ったようで、残っているのは彼女たちを含め数名だけだ。
「近ごろずっとぼんやりしてるみたい。何かあったの?」
ナミはゾロの前の席の椅子に後ろ向きに腰掛け、ひそめた声で聞いた。
「別に・・・」
教科書類を風呂敷にまとめながら答える。
「嘘。言えないことなの?」
ナミは不満そうに目を細めた。
口数の多くないゾロが女学校で一番多く言葉を交わすのがナミだ。
そのことをナミ自身わかっているから、ゾロに適当にお茶を濁されるのが嫌なのだろう。
なんと言えばいいものか返答に窮して、口を開きかけたところで、
「わかった。この前一緒にいた、あの痩躯の男の人のことでしょう」
「!い、いつ、いつ見」
「先週かしら。停車場の傍で」
ゾロは気まずそうに風呂敷の結び目を引っ張ったり、指に絡めたりといじっている。
「図星?」
ナミはゾロの顔を覗き込んで聞いた。
その表情には単なる好奇心は浮かんでおらず、ゾロを心配しているようだった。
もちろん、一片の好奇心もない、というわけではなかったが。
「・・・自分でも、よくわからないんだ」
うなだれてきゅ、と眉根を寄せるゾロの顔は、ナミが今までに見たことのないものだ。
ゾロはすがるように、軽く、机の上のナミの腕に手をかさねた。
「ナミ、だれかを好きってどんなかんじか、知っている?」
物想いにふけった遠い目でゾロはため息に乗せる。
その様を見つめ、ナミは思う。
切なげな面差しや、甘くにおうようなため息は、以前見たフランス映画の主人公のようだ。
まちがいなくゾロは、恋をしている。
その顔は、知らない女のもののようにナミの目に映った。








ゾロが家の門をくぐると、ばあやが待ち構えていた。
「お客様がお見えですよ」
土間でブーツを脱ぐのに手間取っているのをばあやはじれったそうに見ている。
脱げたらすぐにもゾロを居間へと急がせ背を押した。
「誰?」
訊ねてもばあやは笑みに目を細めるばかりで教えてくれない。
もしかして、と。
この前の晩のことを思い出して、指先がちりちりと痛かった。
それ以上ばあやに催促されなくても、ゾロは縁側を小走りに居間へと向かった。








障子を開け放つ。
中の人物が静かにこちらを向くが、
向こう側から夕日が差し込む部屋では、逆光でその顔がわからない。
「おかえり、ゾロ。久しぶり」
眩しさに細めた目で捉えた男ににっこりと微笑みかけられて、ゾロは戸惑った。
「綺麗になったねゾロ。見違えたよ」
ゾロは表情を忘れたまま瞬きをした。
その男は美しい正座の影を崩して立ち上がり、ゾロの正面に来た。
「忘れられちゃったかな」
男は大作りだが端正な、日に焼けた顔で苦笑した。
その顔はサンジのものよりも少しだけ高い位置にあった。
「昔試合で何度か会っただろう。サガだ」
「サガ・・・?」
記憶の糸を手繰った先に、なんとかゾロは幼い彼の姿を見つけた。
目の前の男と記憶を照らして、ゾロはああ、と納得した。
意思の強そうな眉や厚めの唇に面影がある。
ゾロの瞳の中の警戒が薄れたのを見て取ったサガは、ほっとしたように笑った。
「小父さんから話は聞いてるだろう?」
ゾロには何のことだか繋がらない。
近頃先生との話の端に彼の名前がのぼったことなどなかったはずだ。
わからないままサガを見上げると、改まった口調で告げられた。
「ゾロに結婚を申し込みに来たんだ」








知らないうちに進んでいく渦に流されるまま、自分だけ取り残されてしまったようだ。
戸惑うばかりのゾロは自分の心が沈んでいることに気づかなかった。
障子の向こうにいたのが期待した相手でなかったことに落胆していたのだ。










私のなかでは大正ロマンスびとは久しぶりに会う女の子には皆綺麗になったねって言うことになっています。