ずっと、ずっと好きで、今も。〜いちごのてのひら
世間の恋人という関係は体の関係だけのことを指すのではないかと
疑問をもったのはつい最近のことだ。
おれはサンジのことが好きだけど
向こうがおれをどう思っているかなんかわからないし見えないし。
体だけ求められている空しさに気付いても、
おれの体はあいつに触れられただけで反応して勝手に満たされてしまう。
近頃のサンジは以前よりずっとおかしい。
おれのことを愛しているといいながら他の女を抱き、
おれが文句を言えばじゃあやらせろ、と。
何がしたいのかわからない。
喧嘩しながらセックスをするようなことも一度や二度じゃない。
悔しさに唇を噛んだ次の瞬間、おれの体は快楽に跳ねる。
夜遅くに帰ってきたあいつとまた口論をして、無理矢理体を開かされて、
なかば気絶したように眠ってそして今目が覚めた。
隣でやつはすやすやと寝息を立てている。
この顔ははじめてセックスしたときからなにも変わらない。
いとおしさも、なにもかもが。
どうしてこうなってしまったんだろう。
サンジの体の上から落ちた布団を掛けなおしてやってから、そっと部屋を出た。
今日は天気がよくて少し汗ばむほどだ。
近道をしてバイトに向かおうと公園をつっきると、
ベビーカーを押した母親が数人で、砂場の傍で喋っていた。
一人の母親が鞄からタッパーを取り出して、
ベビーカーの中のこどもに食べさせたのは旬にはまだ少し早い苺。
真っ赤で小ぶりのそれをうれしそうに赤ん坊は咀嚼する。
微笑ましいな、と見ていると次に母親は赤ん坊に苺を持たせた。
ぶちゅ、と赤ん坊の手の中で苺が潰れた。
母親はあわてて赤ん坊の手を拭いてやっている。
「まだ力加減がわからないのよね」
別の母親が笑った。
その手の中の赤さが。
潰れた苺のその様が。
おれの脳裏に焼きついた。
バイト先の倉庫の中で、梱包作業を機械的にこなしながら、
ずっとあの赤ん坊と苺のことを考えていた。
『まだ力加減がわからないのよね』
おれは今苺を潰さずに口まで運ぶことが出来るけれど、赤ん坊はまだ出来ない。
そのうち出来るようになる。
苺を持つときはこのくらい、スプーンを握るときはこのくらい、と自然に力の入れ方を知るから。
あいつは?
あいつは知っているのだろうか。
力任せに握っては、苺は潰れて赤い滴を零してしまうことを。
状況はなに一つ変わらないまま、季節は移り変わろうとしている。
毎日じめじめとして汗ばむ。
相変わらずサンジは女を抱くし、おれのことも抱くし、おれはおれでそんなサンジから離れられずにいる。
昨日の夜のサンジも相変わらずの酷い抱き方をした。
あいつの手に、おれの体の唯一やわらかいところは引きちぎられそうになった。
愛してるゾロ。
あいつの口からは嘘ばかり。
おれの口からは悦がり声ばかり。
おれたちは多分、お互いにずっと、片想いしてるんだ。
気持ちを押し付けることしかできないんだ。
享受しうるかぎりの相手のすべてを、ただただ搾取しているだけなんだ。
重たい腰を持ち上げてバイトに向かう。
公園には、いつぞやの母親たちがベビーカーにこどもをのせて談笑している。
そのうちの一人が、嬉しそうにタッパーを取り出した。
「うちの子、苺を潰さずに持てるようになったの」
ほら、と赤ん坊に一粒手渡すと、なるほど赤ん坊は真っ赤なそれをそっと手にした。
わあすごい、えらいのね、うちの子はまだだめね、とかなんとか他の声も聞こえた。
あのときは苺の血液が赤ん坊の手を真っ赤に染めていたのに。
今でも瞳の裏にあの赤を鮮やかに映すことが出来るのに。
おれは今にも潰れて、赤い滴を流してしまいそうなのに。
赤ん坊の手は苺を潰さなかった。
おれは、潰される前に赤ん坊の手を逃れることを決めた。
自然に、力の加減を知るときまで。
ぞろが苺ちゃんです。
いちご100%です。