行き場なき衝動をあなたに









風もない夜は静か、ゾロの耳にはサンジの強い呼吸のおとが響く。
押し付けられたサンジの胸板はしなやかで硬く、着物ごしでもわかるほどだ。
「ゾロ・・・・・・」
サンジは吐息だけでゾロを呼ぶ。
そのたびにゾロの胸は、奥底に広がるかたまりにぎゅうぎゅうと押し広げられてますます苦しくなった。
現実が真綿のようにふわふわと、実態のないものになってしまう。
痛いくらいの抱擁は逆らえないほどの強さ。
ぎゅう、と目をつむった。
「か、かえる」
どうにか口に出した。
サンジの体を軽く押し返すと、ゾロを抱く力が緩くなった。
ゾロを抱きしめてなお余りある、サンジの長い腕の中から抜け出す。
あのころのサンジは、力くらべで少しゾロに劣るくらいだったのに。
今のサンジを知るたびに、あのころのサンジの色彩は枯れ、遠くなる。
「帰る」
振り返って、障子に手を伸ばしかける。
けれど、それは届かない。
肩からサンジが掛けてくれた羽織が滑り落ちる。








「帰さない」
低く掠れたサンジの声が知らない男のもののようだ。
後ろから長い腕に捕らえられてまた、ゾロは動けなくなってしまう。
すらりと伸びた襟首にサンジの息づかいを感じる。
押し付けられた熱い何かは、唇。
「っ・・・!」
「・・・ゾロが悪いんだよ」
何度も、何度も。
首筋にサンジの唇が、頬が、鼻先がぶつかる。
そんなふうな意思のあるものに触れられたことなどない場所はひどく敏感だ。
「やっ」
「こんな夜中に訪ねてきて、そんなことを言う」
ざらざらとしたものが柔な肌をひっかくように這う。
「いっ・・・」
髭だ。
顎にわずかに剃り残されている。
膝ががくがくとわらっているが、帯の上にきつくサンジの腕が巻きついて倒れられもしない。
頭の中も目の前も真っ白な閃光が差したようになった。
あの胸の痛みは消えていた。
その代わり、心臓が壊れそうなほど勢いよく拍子を刻んでいた。








「あっ・・・・・・」
卒然、ひんやりとしたものが、着物の下のからだにじかに触れた。
思わぬ領域を侵され息を呑んで視線を落とすと、
袖付けの下、身八つ口から忍び込んだサンジの手が、ゾロのちいさな乳房をつかんでいた。
「ゾロ・・・・・・」
またサンジの吐息が、ざわりと首筋を撫でる。
「いやぁ!」
わけのわからない、大きな、驚愕が天井からまっしぐらに降りかかってくる。
呼吸を忘れた。
腕を振り回し、体を捻り、なんとかサンジの腕を引き剥がして畳に膝をついた。
「・・・ゾロ」
苦しげな声が降りてくる。
見上げると、まるで知らない男の顔が、暗闇にぼうっと浮かんでいた。








ゾロの目元に色づいた恐怖に、サンジが気づかないはずがなかった。
半開きの唇はふるえ、頬はこおりついている。
サンジの腕がまたゾロのほうに伸びかけ、ゾロは自分のからだをかばうようにびくりと身を堅くした。
けれどサンジは、それ以上近づいてはこなかった。
「・・・ごめん」
そう言うとサンジは障子を開き、へたりこんだままのゾロをよけて縁側へ出ると、また静かに立て切った。
衣擦れの音がして、サンジが障子の向こう側に座ったのがわかる。
「おれの布団で悪いけど、そこで寝て。明るくなったら、ばれないうちに送っていくから」








まだ長く一夜は続くだろう。
そんなところにいたら冷えて風邪を引いてしまうだろうに。
畳に落ちたままの羽織を引き寄せた。
けれど障子を開けて、それを渡す気にはなれない。
また、ひとりで帰るからと断ってこの部屋を出て行く気にもならない。
サンジは変わり、自分も変わった。
そのことを真に感じた。
知らない男のような顔をするサンジが怖かった。
強い力に怯えて、それなのにどこかで浮つく自分の心がわからなくて怖かった。
なによりふたりで無邪気に手をつないでいたあのころが、掻き消えてしまうようで怖かった。










これで終わり・・・とかいったらだめですよね。
でも、うぅ、この後どうなるのかわかんないよぅ・・・。