きみの声はぼくには甘すぎて
バレンタインなんか大嫌いだ。
今年の2月14日は土曜日で授業がない。
そのため、女子たちは色々と作戦を練っているようである。
11日の建国記念日の休日に手作りを行った女子もいるせいか、
12日からすでに校内にはチョコレートが氾濫していた。
女子同士による友チョコ。
部活内やクラス内で行われる、ある意味儀式か挨拶のような義理チョコ。
そして本命の、気合の入った一品。
幸い土曜日のバレンタイン当日には部活がある生徒もいるため、
他の用がなくてもわざわざチョコレートを渡すためだけに登校する、そんな女子もいる。
バレンタイン前日の金曜日、洋菓子を巡る喜悲劇を横目で眺めながら、
ゾロはよくやるもんだ、と溜息をついた。
その心中は、しかし、穏やかではない。
教室はいつもより落ち着かない空気だ。
女子も男子もどこかそわそわとしている。
自分の席に突っ伏していると、教室の前の入り口に黄色い頭が見える。
幾つ目かもわからないチョコレートを受け取っているサンジの姿が、嫌でも目に入ってくる。
後姿で表情は見えないが、きっと頬を緩ませているのだろう。
見える女子は2人だが、おそらく他に数名いる。
女子たちは休み時間ごとに徒党を組んでやってきては、
全員で一人ずつ渡したり、または数名が勇気の足りない一人の背中を押していたりする。
可愛らしくラッピングされた物体を渡す、というコマンドは終了したようだ。
サンジが向きを変えて、こちらへ歩み寄ってくる。
手に包みが4つ。
知らず、眉間によった皺を力を込めて押し返し、机に押し付けて寝たふりをする。
「ゾロ〜」
機嫌の良い、弾んだ声。
教室内で見ていたほかの生徒の視線などものともしない。
「ゾロ、今の子達、1年だって。可愛いよなあ、ずっと憧れてました、だって」
渋々と顔を上げてやる。
そこにあるサンジの顔を見て、やはり見なければ良かった、と後悔した。
「俺、入学式で係やってただろ、その時に一目惚れだって、嬉しいよなあ」
同意を求めるように視線が動く。
苦笑いを、した。
「手作りなんだって、」
救いの手のように、始業のベルが鳴り、サンジの言葉をさえぎる。
きっとサンジはゾロの表情なんか見ていなかっただろうけれど、それでも、
気付かれなかっただろうかと心配をする。
ずるいずるい うらやましい
心の中で反芻する。
一体何人の女子に、心の中で唱えなければならないのだろう。
土曜日、剣道部の部活は午後からだった。
用もないのにうろつく多少の女子、男子を含んで、
校内は生徒全員が登校した昨日ほどではないがヴァレンタイン当日らしく浮ついている。
ゾロの心も毛羽立って統一を欠いていた。
明らかにそれが竹刀の先や体の切れに現れていて、余計にゾロを焦らせた。
しかし、大多数の部員がやはり心ここにあらずといった状況だったので、
普段から部内で一番の強さを誇る2年生のそれに気付く者はいなかった。
昨日の放課後は一番のラッシュだったらしく、サンジはあちらこちらから声をかけられていた。
本気の女子の中には今日、家にまで押しかける者もいるだろう。
サンジはその子を家に上げるのだろうか。
その子の告白を、やはりあの嬉しさを隠そうともしない顔で聞くのだろうか。
想像するだけで鳩尾がきしんだ。
自分には何も出来ない。
想像することと嫉妬することだけが出来ること。
ずるいずるいずるい うらやましい
『おれだってこんなにおまえが好きなのに』
言ってしまえたらどんなにいいだろう。
下唇を噛んでも、面で隠したゾロの表情が誰かに見られることはない。
なんでおれはあんなのが好きなんだろう
どうしてあんなのがもてるんだろう
たぶん
あの黄色い髪に
溶けるほど白い肌に
吸い込まれそうな青い目に
だれもが夢を見るからだろう
なんでおれはあんなのが好きなんだろう
たぶん
あのやさしい声で
名前を呼ばれたからだろう
日が暮れる頃、いつもの土曜の練習よりも早く部活が終わり、
胴着を着替えたゾロは下駄箱に向かった。
まだ校内のあちこちから常の土曜日ならしない声が聞こえてくる。
こんな面倒で忌々しいイベントなど早く終われと、つい、呪う。
あれだけの人数がサンジにチョコレートを渡している。
大半がイベントの空気に押されたのであろうが、あれだけの大人数だ、
本気のひとつやふたつはあるだろう。
女子たちに罪がないのはわかっている、罪なのは自分の心だと。
だから羨ましいなんて言葉は、間違っていると、知っている。
それでも思わずにはいられないのだ。
ぱか、と下駄箱の蓋を開けると、見覚えのある何やらピンク色の物体が見えた。
何者かの手によるチョコレートだ。
昨日、自分に渡そうとした女子の手によるチョコレートは数個あるにはあったが、
全て受け取らなかった。
机の中に入っていたひとつは、放課後に発見し、教室のゴミ箱に突っ込んだ。
昼休みにやってきた気の強そうな目をした一人とは押し問答になり、
それをサンジに目撃されたのを覚えている。
『なんで受け取ってあげないんだよ、可哀想じゃん』
それじゃあお前は、お前にチョコレートやらなんやらを渡そうとする女子全員が可哀想だから
受け取ってやっているのか。
それなら、もし、おれが―――
口にはしなかった。
件の女子の手にあったそれと、目の前のピンク色は、同じのように見える。
思い出したら頭に血が上った。
しつこい、とは言わないが、根性の見えるそれに腹が立った。
自分には無いもの、不可能なこと。
それをひっつかんで、誰もいない下駄箱の、ゴミ箱に向かおうとして足を止めた。
サンジの下駄箱を乱暴に開ける。
予想通り、サンジくんへ、とのカードが表についた有名洋菓子店の紙袋がひとつ。
ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい
うらやましい
それだけが、あたまのなかでわんわんと鳴り響いていた。
自分でなにをしているのかよくわからなかった。
やさしい声で名前を呼ばれて、我に返った。
顔を上げると遠くに黄色い頭が見えた。
「ゾロ、何してんの」
笑っていた。
二つのささやかな気持ちを黒いゴミ箱に突っ込みかけていた手が固まった。
「うっわ、お前ひでぇなぁ。しかもこんな所で堂々とかよ」
近づいてくる。
なんで、と口が動いていたらしい、
昨日の夜メールで教室に来てください、って頼まれちゃったからさ。
ほら、と白い手が紙袋を持ち上げる。
「本人に見られたらどうするつもりだったのお前」
サンジがゾロの手からピンクの包みと紙袋を取り上げるのを、呆然と見ていた。
「持ってかえってやりなよ、ほらちゃんと名前も書いてある」
そう言って。
サンジは黙った。
カードの「サンジくんへ」の上を、何度もサンジの視線が滑っている。
呆れた声で、ぽつり、と呟いた。
「ほんとに、何してんの、お前・・・」
ゾロはぎゅっと目を瞑った。
なじる言葉、罵倒の怒鳴り声、およそ聞いたことの無いサンジのそれを予想して、
全身から血の気が引いていく。
ところが、いくら待ってもそれはゾロの鼓膜を揺らさないから、恐る恐る目を開けた。
「ゾロ」
サンジの名前を呼ぶ声は、どうしてか、こんなときまでゾロの耳にやさしい。
まぶたを開いたとき、涙が頬の上を滑った。
最悪だ。
サンジは限界まで目を見開いている。
可哀想じゃん。
あのときのやさしい声が、今、ひどくゾロを責める記憶としてよみがえる。
こんな酷い気持ちを、サンジに見られたくなくて、腕で顔を覆った。
今までずっと、堪えていた声が、情けない音で零れ落ちた。
「・・・・・・好き・・・サンジ、好きだ・・・・・・・・・」
その後のことなんか、知るかと思った。
サンジの自分と比べて薄く見える体を突き飛ばして、走った。
その、サンジに触れた堅さが、掌に一生残ればいいと思った。
バレンタインなんか大嫌いだ。
いいわけいろいろ
おそらくこのサンちゃん、いっつもにっこにっこしてて感じいいからもてるんです。
「本命の彼とサンジくんに」って感じでもててるんです。
本気の子もいるけど、圧倒的に義理が多いんです。
本人は本気だろーが義理だろーが女の子に物をもらえること自体を無邪気に喜んでるの。
ピュアネス。
しかし本気の恋はしたことがなさそうです。
だれか続き書いてくれないかなー(自分で書け