無限ループのラブシック
ゾロが学校から帰ってくると、珍しくサンジが家にいた。
クラシカルなブラウンのスリーピーススーツをきっちりと着こなしたままのサンジは、
リビングのソファに掛けてノートパソコンを広げていた。
家に帰ってきているのにくつろがない、隙の無い姿はいつものことだ。
もしかしたらまたすぐ出掛けるつもりなのかもしれない。
「・・・ただいま」
「おかえり」
サンジの視線はパソコンの画面に向けられたままで、ちらりともこちらを見ない。
仕事の忙しい彼が家に帰ってくるのは四日ぶりだが、相変わらずゾロの義理の兄はそっけない。
ゾロは絨毯の上に鞄を放り出すとキッチンに向かった。
ティファールのポットに水を注ぎ、スイッチを入れる。
「コーヒー入れるけど飲む?」
返事を待たずにマグカップをふたつ取り出した。
「今から飲むなら紅茶にしなさい。眠れなくなるだろう」
「まだ6時だぜ?問題ねぇよ」
「・・・好きにしなさい」
インスタントコーヒーの瓶のふたを開けると、香ばしい薫りが鼻につく。
スプーンも使わずに適当にカップに入れて、沸いたばかりの湯を勢いよく注ぐ。
少々こぼれたが気にせず、自分の分には山盛りひと匙の砂糖と牛乳を入れる。
両手にひとつずつカップを持ってソファに近づくと、サンジはノートパソコンを閉じているところだった。
「おまえはカフェインに弱いからね」
眼鏡を外しながらサンジが振り返る。
ようやく、目があった。
薄く青味がかった、曇り空の色。
マグカップを差し出すと、サンジは黙って受け取り口をつけ、小さく眉を潜めた。
「ずいぶん大味なコーヒーだね」
「インスタントなんてどうやったって同じだろ」
ソファの肘掛に軽く腰掛け、自分もコーヒーをすする。
牛乳を入れたのに熱くてまだ飲めなくて、すぐに口を離した。
「またしばらく留守にする。きちんと戸締りをしてから寝なさい」
「まだ仕事?」
「ああ」
サンジがゾロの手からマグカップを取り上げ、ふたつまとめてローテーブルに置いた。
ソファに投げ出した右手が、サンジに捕らえられる。
手の甲を掴まれ、さらにサンジの細長い指先が学生服の袖の中に悪戯に忍び込む。
窮屈なはずの場所に入り込んだ人差し指と中指の腹で、する、と数センチ肌を撫で上げられ、背筋に淡い電流が走った。
思わず身をよじるとソファから滑り落ちそうになり、右足を踏ん張る。
サンジはずるい。
たったそれだけのことでゾロの呼吸を乱す。
サンジの目が可笑しげに細められる、それから顔が近づく気配に、ゾロは思わず瞼を閉じる。
ぎゅっと身を硬くすると、耳元で囁かれた。
「いい子にしていなさい」
吐息を頬に感じるほどの距離に近づいたのに、たった一言、それだけですっと離れていく気配。
中途半端な魔法をかけられて目を開く。
心臓がどくどくと波打っている。
サンジが立ち上がって荷物をまとめはじめるそのさまを、ゾロはソファの真ん中に座りなおしてじっと見つめる。
「・・・・・・いってらっしゃい」
コートと鞄を手にしてリビングを出て行くサンジの背中に投げかける。
サンジは、行ってくるよ、とこちらを見ずに言って、部屋を出て行った。
玄関からドアが閉まり、錠が締まる音が聞こえる。
サンジのカップにはまだ半分ほどコーヒーが残っていた。
ぬるくなったそれを一気飲み干す。
「にが」
つぶやく声は、一人きりの部屋にやけに響いた。
ゾロの母親は資産家のボンボンの愛人だった。
彼女が死んだとき、本宅は父親と本妻が離婚するのしないので揉めに揉めていて、
身寄りがないゾロを黙って引き取ったのは父方の祖母だった。
当時、サンジも面倒な雑音を避けて祖母宅に住んでいたが、一回り年齢の違う二人が互いに兄弟と思うことはなかった。
サンジはゾロに対して必要以上に関わることはなかったし、ゾロも突然出来た年上の兄に対してどうしていいのかわからず、
むしろ母の死と環境の変化についていくのに精一杯だった。
それはサンジが祖母の家を出、そちらのほうが高校に近いからという理由でゾロも引越して、
二人暮らしがはじまっても同じことだった。
それがどうしてこういうことになったのか、今もよくわからない。
つかず離れずの関係は変わらないのに、
二人でマンション暮らしをはじめてからはサンジはゾロの体に触れるようになった。
汗ひとつかく様子もなくゾロに触れるサンジにも、触れられれば大人しく感じいってしまう自分にも嫌気がさす。
「・・・寝れねー」
夜中、ゾロは眠れずにベッドの上で寝返りを繰り返していた。
サンジに言われたことを思うと、夕方飲んだコーヒーが原因だと思うのは何だか癪だ。
その時、玄関に人の気配を感じた。
起き上がって廊下に顔を出すと、丁度サンジが帰ってきたところのようだった。
「まだ起きてたのか」
「今日は帰ってこないんじゃなかったのかよ」
「来るはずの客人が取りやめになってね」
女性関係の揉め事を常に家庭に持ち込みまくっていた父親は、癌であっさりと死んだ。
サンジは父親の残した商社や不動産の経営をまとめている。
遺産の分配に関して詳しい説明をされてもゾロにはよくわからなかったが、
とにかく面倒なことはサンジが一手に引き受けているようだった。
「ふうん」
「眠れないのか」
サンジは玄関に鞄とコートを置くと、まっすぐにゾロのほうへやってきた。
「今寝るとこだよ」
ゾロが部屋に引っ込むのについてサンジも部屋へ入り、ベッドの端に腰掛けてネクタイを緩める。
「・・・なんだよ」
「よく眠れるようにしてあげようと思ってね」
スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを外したサンジが、にこりともせずにゾロを誘う。
「来なさい」
まるで何もかもお見通しという態度が悔しいから近づきたくないのに、無意識に足がそちらに向かう。
サンジはずるい。
正体不明の抗えない力でゾロを絡めとる。
いつもはまるで興味なさそうにそっぽを向いているから、ゾロだって知らんぷりしたいのに、
気まぐれに抱きしめてはゾロが目をそらすことを許さない。
サンジはゾロの手首を取ってベッドに横たえると、髪と頬を撫でた。
「電気消せよ」
サンジの顔を見ていたくなかった。
表情が変わっても、変わらなくても怖いから、知りたくなかった。
「目をつむりなさい」
サンジの冷たい手が、ゾロのまぶたを塞ぐ。
大人しく目を閉じると唇を重ねられた。
唇の柔らかな感触と、隙間からするりと滑りこんでくる舌のぬめった感触。
サンジの舌は歯の付け根の裏側をゆっくりとなぞる、それから唾液を擦り込むようにねっとりと絡められた。
ゆっくりと口の中を侵されるうち、そこだけでなく何もかも明け渡してしまいたい気にさせられる。
サンジの愛撫がゾロの奥から全身をとろかして、全て押し流してしまう。
そしてなにか大切なものが置いてきぼりにされる気がした。
唇が離れた隙に顔を背けると、咎めるように名前を呼ばれた。
「ゾロ」
今度は耳から、屈服させられそうになる。
それでも頑なにしていたいのに、お構いなしにサンジの手が胸元を這い、
パジャマの上から愛らしい小さな粒を探り当てる。
「・・・・・・ァ、」
弄られたそこからぞくぞくとした快感が腰まで響くので声を殺して堪える。
嫌じゃないのが嫌だった。
理由もない当たり前が、いつかそうでなくなってしまうのが不安で。
「やだぁ・・・・・・」
訳もわからず涙が出た。
サンジの溜息が聞こえて思わず竦む。
呆れられたか、嫌われたか。
「今日は何が気に入らないんだろうね?」
額に手を置かれ、じっと目を見つめられる。
曇り空の目は捕らえどころがなくて、ゾロの不安をかきたて、またゾロを魅きつけて離さない。
鼻をすすりあげて目を閉じる。
顔中に柔らかく唇が触れて、ゾロは深く息を吐いた。
「おまえが気持ちいいことだけしてあげよう。今までだってずっとそうだったろう?」
サンジはずるい。
そんなことを言われたら、ゾロの一体どんな思想も、思考も、気持ちも、何もかもいらないものになってしまう。
諦めて体の力を抜けば、サンジが天国に連れていってくれる。
目が覚めるとサンジの腕の中にいた。
「おはよう」
サンジの薄い唇がなめらかに動くのを、寝起きの据わった目でじっと追う。
「・・・おはよう」
もっと動かないかなと見つめていると、サンジが緩く微笑んだ気がした。
なんだか急に気恥ずかしくなって、ゾロは布団をずり下がって顔を隠した。
布団の上からサンジに撫ぜられる。
「どこにキスしてほしいか、言ってごらん」
思わずぱっと顔をあげると、サンジはゾロをからかうときの顔だ。
むっとしたゾロはそのまま自分から、サンジにくちづけた。
2009年1月18日の日記より。
BLの攻様wwなサンジ笑