何も知らないあなたのままで
サンジはゾロのもとにちょくちょく顔を見せるようになった。
何かと理由のあることもあったし、ないこともあった。
あのころのようにふたりで駆けまわるでもなく、ぎこちない会話が焦燥を呼ぶばかりなのに、
ただゾロは、サンジの顔を見るだけで、うれしくてたまらなかった。
あのころなんでもなかった手や肩や、からだにさわるというただそれだけで、苦しくてたまらなかった。
それをゾロは、サンジがなつかしいひとだからという言葉で片付けていた。
それ以上のことは、考えないことにしていた。
ある夜、ゾロは先生に呼ばれて書斎に入った。
先生、というのはゾロの叔父にあたる人で、同時にゾロの剣術の師匠でもある。
ゾロの両親が亡くなってからずっとゾロの面倒を見てくれている。
先生もまた奥さんとひとり娘を亡くしていた。
「先生、用事って」
「ああ、ゾロ、とりあえず座りなさい」
先生は文机に筆をおき、ゾロと向かい合って座りなおした。
床の間には庭に咲いた椿が生けられている。
椿は先生が最も好きな花のひとつだ。
「実はね」
先生は眼鏡を押し上げた。
「きみに縁談が来ているんだ」
縁談。
女学校ももうすぐ卒業するゾロにとっては、そう遠くの話ではない。
学友のなかにも婚約者が居るものもいる。
けれど今までひとこともそんな話がもちあがったことがなかったから、
ゾロはどこか自分にはまだ関係ないことと思っていた。
「詳しくは聞いていないのだけれど、どこかできみに会ったことがあるそうだよ。
それで先方が是非にと仰っているんだ」
自分の身に降りかかってきているのにまだ、他人事のようだ。
だって相手の顔もわからない。
名前も、まだ、なにもかも。
「そう悪くはないお話なんだ。きみはまだ早いと思っているかな」
縁談、それがまとまってしまったら、自分はどうなるのだろう?
想像もつかない、雲をつかむみたいなはなしだ。
ほうけたまま返事もしないゾロに気を遣うように先生は言う。
「それとも、好きな人がいる?」
頭のなかのぼんやりとした輪郭が急に鮮明になった。
雲が晴れるみたいに。
そこに、サンジがいた。
好きなひと?
そんなこと、考えたこともなかった。
だって、サンジは。
「・・・いいえ」
消えそうな小声で呟いた。
どうしてだろう、胸がきりきりと痛んだ。
それから簡単な話をして、書斎を出、襖を閉じたとき、
この胸の痛みは罪悪感によく似ていると感じた。
けれど何に対するものなのか、きちんと説明がつけられない。
サンジに会いたいとおもった。
また、会わなければならない気がした。
だれとの縁談がきたんだろうね・・・。考えてません。
ルフィ?シャンクス?もしかしてアイスバーグさん?・・・だめだサンジ負けちゃう。