おもいだすとき
夕方、庭に水まきをするのがゾロの夏休みの日課だ。
ホースをつかむと蛇口をひねり、まず松の木の下から、順に水をまいてゆく。
松、梅、椿、躑躅、藤に夏蜜柑、枝垂桜。
木の根元には水をよく注いでやらなくてはいけない。
夏蜜柑の枝は重たそうに、自分の腕の先に大きな実をぶらさげている。
そろそろもいでしまわないといけない。
「先生」
縁側の、藤棚の下、日陰に腰掛けた人影をふりかえる。
「なんだい?」
「夏蜜柑、そろそろとらないと」
「そうだね。明日晴れたらにしよう」
先生の手でよく手入れされた芝生は青々としてうつくしい。
ゾロの剣道の師匠である彼の趣味は造園で、こちらもなかなかの腕前を持っている。
目の端にのろのろと飛び去る蚊が見えた。
濡れた右腕を、刺されたと気づく。
「刺された」
「ああ、そうだ、蚊取り線香を炊いてあげよう」
先生が家の中にひっこんで、またすぐにマッチと缶を手に縁側に戻ってきた。
缶を開け、中から渋い緑色の線香を取り出して火をつける。
ふわり、と鼻をつく独特の香りと共に煙がゆらゆらと舞う。
うずまきの蚊取り線香は、ゾロにサンジを思い出させた。
(ぐるぐるまゆげ)
長いホースをずるずると引きずって、腿の高さほどの躑躅の、
こんもりとした葉の下の根元を狙ってホースの先を向けた。
(しばらく会ってないな)
刺された右腕の跡が、丸くぶっくらと膨らんできた。
かゆくて、とても憎たらしい。
爪で十字に痕をつけた。
(会いてぇな)
風が吹いて、縁側の簾にぶら下げた風鈴が、ちりんちりんと涼しげになった。
音を聞かずとも、夕暮れ時は充分に涼しかった。
蚊取り線香を焚いたときにサンちゃんを思い出しました。
それを文にしてしました。ただそれだけ。
庭のモデルはうちの庭。こうしてみると案外いっぱい木があるんだな。
うちの庭にあるのは椿じゃなくて山茶花、枝垂桜じゃなくて枝垂梅だけど。