想い出は、あなただけにではなく









サガはもともと隣町に住んでいたが、父親を亡くしてからは田舎の母親の実家に住んでいる。
ここにやって来たのは単にゾロに婚約の承諾を得に来たのではなく、
もと在籍していた道場の試合に参加しにきたのだそうだ。
「勿論ゾロの顔も見ておきたかったから」
「よかったですね、お嬢様」
お茶を持ってきたばあやが笑う。
ゾロにとってはちっとも良くなかった。
これ以上焦らせないで欲しい、気持ちをかきまわさないで欲しいというのがゾロの本音だ。
先生も交えて三人で茶を飲みながら話をした。
婚約の話には触れず、互いの近況や当たり障りのない会話を弾ませた。
とはいってもゾロは終始うつむいたままで、言葉数も少なかった。
ゾロはおちつかなくてゆっくり話をしているどころではないのだ。
サガはこれから道場に挨拶に行くと言って長居はせず、
「また来るよ」
とゾロに言い残して去っていった。
春が近づいているとはいえまだ日はそう長くはなく、あたりはすっかり暗くなっていた。
「お気をつけて」
口にしたものの、形式ばかりというそらぞらしさがぬぐえない響きになった。








部屋に戻ると覚えのない香りがただよっていた。
花瓶に大輪の百合の花が生けられていた。
百合の季節にはまだずいぶんとはやい。
そもそも普段ゾロの部屋には花など飾らないのに、どうしたことなのだろう。
ちょうどばあやが部屋の前を通りかかる影が見えたので、呼び止めた。
「なんでしょう」
「あの花・・・」
「ああ、あの百合ですか。サガさまがお持ちになられました」
「サガが」
「きっとお嬢様に似合う、いいえ、似ている花だろうから、とおっしゃっていましたよ」
ばあやは我が事のようにうれしそうだ。
ゾロの心中などまるで察していないのだろう。
「まあお部屋中がいい香りになって。あれは鉄砲百合ですね、花言葉はご存知です?」
ゾロが首を振ると、花好きのばあやは、
「純潔、それに無垢、でしたかしら、いい言葉だこと」








純潔?無垢?
サガは自分に似ていると、自分をそんな人間だと思っていると?
にわかに後ろめたい気持ちだ。
それはあの夜のせい。
サンジにだきしめられふれられた自分の心は、はたして真に純潔といえるのだろうか、甚だ疑わしい。
なによりその言葉に似つかわしい姿で、真っ白な花は見事に咲き誇っている。
この花に、似ている?
おとなしく活けられた百合は穢れなく、何ものにも染まらず、堂々として華々しい。
むせかえるような香りで確固として在るその花に、ゾロは気後れを感じた。








はじめて再会した日にサンジが見せた花のことを思い出す。
庭のすみに恥らうようにひっそりと咲いた、ほのかに黄みを帯びたあの花。








夕食の席で、先生にサガのことを言及された。
予想の上であったから、用意しておいた返答をした。
「縁談のことは、もう少し考えさせてください」
「まあ当然だね。私はかまわないよ」
先生のその言葉にゾロは少しほっとした。
「でもサガ君はどうだろう。急ぐ様子は見えないけど、帰る前に返事を欲しがるんじゃないかな」
「・・・そうですね」
それから話は移り、道場の昔の話になった。
いつの試合でどうだったとか、そんな話で、サガの名前も出てきた。
サガには交流試合で何度か会っただけだし、ゾロはおぼろげにしか覚えていないのだけれど、
先生は彼の素質を見抜いていて、それが印象的だったと言った。
ゾロはうわのそらで、口先だけで会話しながら、サンジのことを考えていた。
もう一度サガに会ってしまう前に、サンジに会いたい。
そして何故あの日、水仙が咲いたとゾロに告げにきたのか、もう一度尋ねてみたかった。










水仙の花言葉は、想い出。
お嬢様、とかサガさま、とか打ち込みながらこみ上げる笑いが耐えられません!
サガは田舎ではもてもてで、特に積極的なのは地元一のお嬢様マヤです。