ずっと、ずっと好きで、今も。〜pure soul









ずっと会いたかった、
あのいとしいいとしい大馬鹿に。




あいつを殴って二人の匂いのついた場所を離れてから、どのくらい経っただろうか。
おれはなんとなく教師になって、そこそこ一生懸命に、なんとなく生きていた。
あいつだけが人生の糧だとは思わない、きっとそう思えば楽だけれど、
自分にはそんな不確かな生き方はきっとできない。
おれの人生の中核となる何かを見つけるのは自分でしなければ。
理想はそうなのに、自分から離れたくせに、
一人の時に思い出すのはあいつの顔ばかりだ。
思い出なんかにしない、美化もさせない。
あいつの好きなところも、嫌いなところも、全部忘れない。
そして会いに行く。
おれの方から離れた。
だからおれの方から会いに行く。

会いに行くよ、サンジ。




今の中学の任期が切れてぼんやりしているうちに、
いつの間にか懐かしい土地への赴任が決定していた。
学校名を聞いたとき、正直ぎくりとした。
あいつの、たぶん母校。
自分から会いに行くとは決めていたけれど、まさかこんなに早くチャンスが巡ってくるとは。
冷汗が背中を伝った。
会ったらなんと言おうか。
どんな顔をしようか。
けれど、確実におれは喜んでいた。
あいつに会える。
脳裏では既にあいつとの再会の擬似体験が行われる始末だ。

サンジ、今すぐお前と会いたい。




引越しが完了して、中学に挨拶に行って。
忙しく日々は過ぎたが、胸は懐かしさでいっぱいだった。
おれも高校、大学時代とこの土地で暮らしていた。
今はもう引き払った家族で暮らしたマンションも、まだあの頃のままの風景を見せていた。
けれどおれは怖かった。
こんなに会いたいと思っているくせに、あいつに会うのが怖かった。
今のあいつがどんな風で、何をしているのかも、何にも知らない。
もしかしたら記憶のあいつとは全く違うやつになっているかもしれない。
おれが会いたいのは記憶のあいつじゃなくて、変わっていてもそのままでも、今の。
だからこそ、想像できない恐怖がつのる。

なぁサンジ、おれに会ったら、お前はどんな顔をするだろうか?




心の準備なんかいつだって不完全だから、気長に偶然を待つことにした。
これだけ近所に住んでいるのだ、偶然はごろごろ転がっているだろう。
会いに行く、という離れてからずっとあった決心がここに来ていとも簡単に崩れていることに、おれは自嘲した。
おれに出来る精一杯は、毎日学校への通勤時にあいつの家の傍を通ることだけだった。
今のアパートからほんの10分ほどのサンジの家の様子を横目で見ながら、
さらに10分ほど歩いて学校へと向かう。
今もまだサンジがコックをやっているのなら、おれの通る時間には家にいないはずだ。
サンジはいつも、オーナーを除く他の誰よりも早く厨房に入ると言っていたから。
帰りは帰りでおれはとっとと帰れば5時ごろには帰ってこれてしまって、
これまた夜遅くまで働くあいつとはずれがある。




一度、夜遅くに教師仲間と飲んで帰ると、おいつの家に電気がついていたことがあった。
二階の端の部屋、あいつの部屋に、電気がついていた、
つまりそれはそこにあいつがいるということ。
立ち止まってぎゅっとワイシャツの胸元をつかんだ。
視線がその明かりからはがれない。
腹に力を入れて、走る。
叫びだしてしまいそうだった。
こんなにも近い。
心臓が壊れそうなほど早く打って、頬はだらしなく緩んだ。
まだ春だというのにこんなに熱い。

サンジ、すぐそこにお前はいる、でも、でも、でも。




それからまたしばらくは何の変化もなく、
おれはあいつとの再会を怯えながらも望んで気分を上下させていた。
教師という職業は私生活を犠牲にしがちだといわれるが、
まだ5月にもならないというのにおれにはそう仕事が回ってきていない。
今日は職員会議もないし、さっさと帰れる。
よく晴れて、夕日が見せる空はこどもの絵のような自由な色をしていた。
いつもどおり、サンジの家の傍を通って。
今日はそんなに疲れていないから、この前録った映画のビデオを見ようか。
角を曲がり顔を上げると、待ち焦がれた姿が見えた。

サンジ!
サンジ!
サンジ!




心臓が潰れた。
死ぬかと思った。
でも今ここで死ぬわけにはいかないだろ。




「サンジ、久しぶり」
案外おれの振る舞いは落ち着いていた。
素直に嬉しくて嬉しくて嬉しくて、顔は自然に微笑んだ。
サンジのほうはといえば酷い動揺を見せていて、瞳は潤んでぐるぐると回っているし、
透けるような白い肌の色はどんどん赤味を帯び始めた。
「な、なんで・・・?」
「今度そこの中学に赴任したんだ」
まだまだ驚きをかみ締めているサンジをそのままに、おれはおれの聞きたいことを聞いた。
「お前は―――やっぱりコックやってるのか?」
「あ、あぁ」
「そうか」
そうか、まだお前はコックなのか。
おれに話した夢は、まだ変わっていないのか。
「昔と同じ所か?」
サンジはあわてたようにに何度も頷いた。
それならいい。
「そうか、今度行くよ。じゃあな」
あんまりにも動転しているサンジがなんだか可哀想だったし、
おれは会えたことがただ嬉しくて、満足して、背を向けかけた。
むしろ、このまま一緒にいたらおれは嬉しさで苦しくてどうにかなってしまいそうだった。
「ま、待って!」
ひっくり返った声のサンジに腕をつかまれる。
振り返ると、見たことが無いほど必死なサンジの目がおれに向けられていた。




あのときも、ほんとうは、お前にこの腕をつかんで欲しかったのかもしれない。
なのにお前はただ、呆然としていた。
時間が必要だった。
多分、お互い、自分の気持ちから二人のものを作る為には幼すぎた。
お互いが片想いのままだったのだ。
だけど今なら。




おれの為にお前がそんな目をする、
今なら、もう。






ゾロ視点で再会まで。