喫茶しげゆき出張編







久々にふたりの休日が重なるというので、昨夜は随分と盛り上がってしまった。
昼すぎまで布団でぐだぐだして、先に起き上がったサンジは、ゾロの肌のそこここに残る赤い痕に頬を染めた。
つけたのは自分のはずなのに、明るいところで見るとなんだか気恥ずかしい。
そのうちゾロも目を覚まして、ふたりで遅いブランチをとる。
まだぼんやりしているゾロが、ベーグルをぼろぼろこぼすのを、
お気に入りの紅茶を飲みながら微笑ましく見つめる。なんとも穏やかな午後だ。
それからぶらっとふたりで家を出たのだけれども、久しぶりのデートだったので、サンジは少々緊張していた。
この部屋にゾロを呼んで、一緒に住むようになってから、お互いに何かと忙しくて、
一緒におでかけなんて随分と久しぶりだ。
「この店、コーヒーが美味いんだ」
古びた看板には、『喫茶しげゆき』の文字。
ふぅん、と気がなさそうな返事をするゾロを連れて、サンジは店の扉をくぐった。
この店に来るのも、だいぶ久しぶりだ。
店内は薄暗くて、内装も古ぼけているけれども、なぜだかとても落ち着いてくつろげる。
コーヒーも品の良い豆を使っているし、店主の腕もいい。
「いらっしゃいませ」
他の客がだれもいない店で席につくと、アルバイトらしい男の子がさっとおしぼりと水を出してくれる。
「ご注文は?」
「アメリカンとウィンナーコーヒー」
メニューも見ずに注文すると、おい、おれに選ぶ権利はないのか、とゾロが口を挟む。
「いいの、ここはこれが美味しいんだから」
彼はきっと、腸詰めとコーヒーの関係がわからなくて不機嫌になったのに違いない。
不満げなゾロにサンジはこっそりキスをした。ゾロはきゅっと唇を尖らせて黙る。
店の子は後ろを向いていて気がつかないはずだ。
カウンターの奥に、店主の姿が見える。アルバイトの子と、注文を確認している。
店主はなぜか割烹着を着ていた。
以前は黒いエプロンが渋くて格好よかったのだけれど、どういう宗旨替えなのだろうか。
と、彼が後ろをむく。
生尻が丸出しになっていた。
サンジは口に含みかけていた水を思いっきり吹いた。
ぶばぁ、とすごい音がして、テーブルの上がびちゃびちゃになる。
「だ、大丈夫ですか?!」
慌ててアルバイトが台拭きを手にとんでくる。瞬間移動みたいな、ものすごいスピードだ。
おまえ今カウンターのとこにいたやーん、とフレンドリーに言ってみたい。
店主は特に気にした様子もない。
いい体を他人の視線にさらしていることに思うところはないのだろうか。
尻丸出しやーん、と言ってみたい、言えるわけがない。わけがわからない。
テーブルをきれいにしてもらう間、むせてゴホゴホやっていると、隣でゾロがぼそりとつぶやく。
「おまえの言う、いい店って……」
「ちがっ、誤解だ!」
ひそひそと小さな声で、こんな店になってたなんてしらなかった、と弁解する。
ゾロは信じていないようすだ。
「おれだって知らなかったよ。今まではこんなんじゃなかったんだ、
その…あのマスターが尻丸出しだなんて……」
「しかもよく見ると微妙に肌色透けてるよな」
「……裸エプロン的な?」
「裸割烹着だな」
なにそれイメクラ? 思ったけれども聡明なサンジは口には出さなかった。
しかし店主はカウンターの奥から出てくる様子を見せずしれっとしているし、
アルバイトの子も店主の格好とかサービスについて不穏な動きをする様子もない。
「割烹着か、そういえば隣のおばちゃんが着てたな…」
ぼそっとつぶやいたゾロを見る。目が合う。
「おまえ、似合いそうだな」
ゾロの瞳がきらりと光る。
そんなに無邪気で澄んだ目で見つめないでベイビー。
きみがなにを考えているのかわからなくて怖いよ。
気がつけば店中にいい薫りが立ちのぼり、テーブルにコーヒーが運ばれてくる。
このアルバイトは、あの店主の格好に思うところはないのだろうか。
まじまじと顔を見ると、リスのようにくりくりとした目の青年は、へらっと笑った。




サンジはやけくそになって、あの喫茶店で散々ゾロといちゃいちゃしてやった。
狙いどおりウインナーコーヒーのクリームで汚れたゾロのほっぺたを唇で拭ってやったし、
手を握ったりキスをしたりもうやりたい放題やってやった。
お会計のとき、あいかわらず店主はこちらに興味なさそうにしていたが、
アルバイトの子はうっすらと頬を赤く染めて、釣銭を渡すときもサンジと目を合わせようとしなかった。
彼には少し、悪いことをしたかもしれない。
いやでも彼もおかしいだろう、自分の店の店主があんななのに、気にした様子もない。
部屋に帰るなり、ゾロはアパートの隣の部屋のおばちゃんのところに行ってしまった。
仕方なく、掃除機とかかけながらゾロを待つ。
たまに薄い壁越しに、キャッキャした笑い声が聞こえてくるのがたまらなかった。
「ただいま!」
帰って来たゾロの手には白い布。
「おばちゃん、これくれるって!」
嬉しそうに弾んだ息、上気した頬。
かかげた白い布は、見覚えのある、隣のおばちゃんの割烹着。
「どうせ汚すなら返さなくていいって!」
隣のおばちゃんに自分たちの性生活を知られて、おまえはそれでいいのかと突っ込みたい。
おばちゃんとは田舎から送られてくる野菜とか、おかずのわけっこをしているのに、
次から目を合わせられなくなってしまいそうだ。
「でも昨日もすごかったみたいだからほどほどにしなさいって!」
アパートの壁は、薄い。サンジは諦めの溜め息をついた。
「サンジ、これ着ろ!」
ゾロがサンジの服をぐいぐい引っ張って脱がしにかかる。力任せだ。
しかたなく、待て待て自分でやる、とサンジは自らボタンをはずすのだった。




素肌に白い薄布一枚というのは、なんとも頼りない。
腕は全部カバーされているのに、膝上までしか布がないから足元から腹がすうすうするし、
なにより丸出しになった尻に不安を感じる。
気になってしかたなくて、つい後ろを確認したくなる。
割烹着は首のうしろと腰のあたりの二ヶ所を蝶結びにしているだけだから、いつでも裸になれてしまう。
あの店主が前からは一見普通の格好のように見えたのに、後ろを向いたら大変なことになっていた、
あの現象がまさに自分の身に起こっている。わけがわからない。
「サンジ、やっぱりすごく似合う……」
難しい顔で仁王立ちをするサンジに、ゾロは熱っぽい瞳を向けてぽうっとしている。
ゾロはなにがそんなに琴線に触れたのだろうか。
ゾロのうっとりした顔は悪くない、悪くないのだけれどもっと別のときに見たかった。
「後ろ向け」
くるりとうしろを向く、ゾロは床に膝をついて、サンジの尻の狭間に顔を埋めた。
「尻だ!」
ああ、そうだな、そこは尻だな、とサンジはおもう。
ゾロはすっかりはしゃいでいて、その顔がとてもかわいくて、
もう好きにすればいいとサンジは諦めて天井を仰いだ。
座って、正座で、と言われるので言う通りにすると、膝の上にごろんとゾロの頭がのっかる。
ゾロはしっくりくるポジションを探しているのか、膝の上で何度か頭を動かし、
鼻先をサンジの腹の方に向ける位置で息をついた。
深く息を吸って、吐く。
「ちんこのにおいがする」
ゾロは頭を上げ、鼻をひくひくさせてそこの匂いを嗅いだ。
「バカ、やめろ」
「なんで?」
不思議そうにゾロが顔を上げる、その頭を腹に抱え込む、薄布一枚を通してゾロの体温が伝わってくる。
こんなに近い、ゾロのぬくもり。冷静でいられるはずがなかった。
「俺の中の獣が目覚めてしまうだろう」
真面目な顔と、自分ではかなりセクシーだと思っている低音でサンジがささやくと、
ゾロはくくっと喉を鳴らした。なぜ笑う。
ゾロはサンジの腹に頬ずりしてから、少し伸びあがって唇で乳首を探った。くすぐったい
探し当てた小さな塊を舌でぐりぐりと愛撫される。
布越しの快感に焦れたところで、前歯で軽く噛まれる。ん、と鼻から甘い声が抜ける。
「なんかえろいかんじになった」
ゾロが嬉しそうに顔を向ける、白い布の、そこの部分だけ唾液で濡れて、
赤く色づいた乳首と、まわりの肌の色が透けている。
自分の体が、そういうふうに、ゾロの手でいやらしくされるのは新鮮だった。
当り前のことかもしれないけれど、いつもゾロのことばかり見ていて、
セックスのときに自分の体がどうなるのかなんて考えたこともなかった。
「ああ、えろいな」
「他のとこもえろくしていい?」
ゾロが唇を舐める。赤い舌がちらりと覗く、ゾロのほうこそずいぶんとエロい顔をしている。
「だめ、もう俺の番」
不満げなゾロの額にキスをして、それからいつものようにゾロの体に触れる、
ゾロはもう大人しく抱かれる姿勢に入っている。
そういえばこの格好のままだと、ゾロに入れるときに裾をめくってペニスをとりだすのだろうか。
そう思ったらなんだか滑稽で脱力してしまう。
「サンジ?」
「なんでもない」
気を取り直して挑む。
割烹着を着ていようが、自分は超絶恰好いいスーパー攻様なのだということを証明するため、
サンジは勢い込んでゾロに覆いかぶさるのだった。








2010/12/23
2010/10/10スパコミでお会いした方にお渡ししたペーパーより。ジャイキリとダブルパロ。