リボン・タイの秘密
中等部のリボンタイの色は、1年が赤、2年が緑、3年が紺と決まっている。
白いカッターシャツの襟元に赤い蝶結びをひらひらとなびかせ、元気よく駆け回る1年生は皆、サンジの目には天使のように見えた。
やわらかな金髪をふわふわと揺らし、欠伸をする彼の襟元には、紺色のタイがきっちりと結ばれている。
先月転校してきたばかりのサンジは、この一色しか持っていない。
図書室の窓から吹き込む風が、読みさしの本のページを揺らす。
サンジは本に栞を挟んで閉じると、頬杖をついて窓の外を眺めた。
1年生が集まって、校庭でボールを追いかけまわしている。
赤い頬、掛け声に笑い声、赤いタイが踊るように揺れている。
その中にひときわ目立つ、若草色の頭があった。
あ、あの子だ。
思う間もなくサンジは本を抱えて立ち上がっていた。
転校してきて1週間、サンジは窮屈な学園生活に早くも飽き飽きしていた。
決められた起床時間、決められた食事にお祈り、決められた勉強。
それまで自由気ままに育てられたサンジには、集団生活は退屈すぎた。
両親を事故で亡くさなければ、今もサンジは家庭教師たちと共に知りたいことを知りたいように勉強していたはずだった。
唯一の救いは沢山の同年代の仲間であったが、3日もすると外のことを知らないくだらない存在に思えてきて、サンジの関心はもっぱら無垢な目をした下級生たちに向けられた。
特に赤いタイの1年生の幾人かは、時期外れの美しい転入生が気になって仕方ないらしく、何くれと行動を目で追ってきた。
彼らの幼いまなざしを愛らしくまぶしく思いながら、退屈に堪えていこうとしていた。
寮の裏庭で煙草を吸っていたのは、ほんの息抜きのつもりだった。
歴史の家庭教師に教えられた煙草だったが、学園の喧騒と退屈を忘れるにはちょうどよかった。
両親の死は悲しかったし、長年住んだ街を離れるのは惜しかったが、唯一の身寄りである祖父に命じられれば学校に入るしかなかった。
樫の木に寄り掛かり、煙を吐き出す。
その時、近くに草を蹴る足音が聞こえた。
慌てて煙草を足元に捨てて揉み消し、吸い殻を草陰に隠す。
走ってきたのは学生だった。
赤いタイをしているから一年生。
人がいると思わなかったのか、サンジを見るなりびくりと足を止めた。
「やあ」
サンジが微笑むと、小さな会釈を返した。
「鬼ごっこ?」
一年生はかぶりを振った。彼は綺麗な若草色の髪の持ち主で、利発そうな赤茶色の瞳が長い睫毛で縁取られていた。
「・・・煙草のにおい」
彼は何気なく口にしたようだった。
「うん、吸ってたから」
サンジは肯定する。この子は教師に言いつけたりしない、一目会っただけなのに確信していた。
「吸ってみる?」
ポケットから取り出し、箱を見せる。彼は手を伸ばして一本つまみあげた。サンジは自分も一本取ってから、ライターで彼の煙草に火をつけてやった。彼が口にくわえたところを見計らって顔を近づけ、そこから火をもらう。彼は動揺したように唇から煙草を取り落とした。赤いタイの端を煙草の火が掠め、僅かに焦がした。
「おっと」
そのまま彼はサンジを突き飛ばし、走っていってしまった。火が点いたばかりの煙草が地面で緩やかに煙を上げている。
あの子の赤いタイが、煙のようにやさしく揺れるのが脳裏に焼き付いている。
始業の鐘が鳴り、1年生がぞろぞろと校舎に吸い込まれてくる。
あれから忘れることのなかった若草色を見つけたサンジは、1年生たちを掻き分けてその腕を掴んだ。
3年生に捕まえられた同級生を、周囲は好奇の目で見る。先に行くよ、友人が声をかけて過ぎ去っていく。
「・・・何か用ですか」
赤茶の瞳が見上げてくる。襟元のタイは、黒い焦げ跡を残していた。彼に何をしようと思っていたかは覚えていない。何故捕まえたかもわからない。
ただこの赤いタイが欲しい、と思った。女のようだと評される白い長い指で、彼の襟からリボンタイを取り去る。シャツと擦れる音がして、指に絡み付くように赤いタイはサンジのものになった。
彼が抗議しようと口を開くのを、唇を重ねて塞いだ。その場に下級生を残したまま、なにも言わずにサンジは教室に向かった。
ポケットに手を入れ、つるつるとしたタイの柔らかな感触を楽しむ。これは自分のものだ、自分のものだと思うとなぜだか胸がときめくのを感じた。
2010年のデータの中にあった。