閉じかけの、薄青い扉









「2組のサンジとゾロはデキてるらしい」
まことしやかな噂が流れ、まあそれはまことだったのでゾロはまあいいかとおもった。
おせっかいな鼻の長い友人が今日の休み時間に、お前らこんな噂流れてるぞと教えてくれるまで何も知らずにいた。
とてもどうでもよかった。
しかしサンジはそうではなかったらしい。
話をきいた瞬間、傍目にもわかるほどに顔が青くなって、彼のこめかみに透ける静脈の動きさえ見えるような気がした。
事実、彼は気分が悪いと次の授業を休んだ。
クラスの一部の馬鹿なやつがゾロにやられすぎたんじゃねえの、
とゾロをちらちらと横目で確認しながら下品に笑ったので、言った奴を無言で一発殴ってやった。
彼は簡単にのされて床から驚いたように見上げてきた、ゾロはまた何も言わずに席に着いた。
何事もなかったみたいに。
ウソップがあーあ、という顔でこちらを見た。
大方はびびっておとなしくなってしまっていて、
教室全体の空気が誰も口を聞いちゃいけないような、でも無意味な感想を口に出したいような、
熱したほうがいいのか冷ましたほうがいいのか中途半端な空気のなかで、
オレンジの髪の学級委員長だけがにんまりと笑っていた、彼女はなかなかいい女だ。
その後昼休みに担任教師に呼び出されたが、そばかすの浮いた頬をひっかきながら彼は訳知り顔で適当にゾロに話を聞いて、
うんまあそんなとこだろうとおもったでも殴るのはやめとけよ俺が面倒だからとへらへら笑ってすぐに帰してくれた。
最後に、妊娠しないようにな、とも。
彼はおもしろい大人だ、いろいろとお見通しなものだから、ついにやにやしてしまう。
サンジがゾロにやられすぎてるって?
だいたい逆なのだ、あいつらが言ってるのは。





職員室の帰りに保健室に行くと、先生は不在で、3つならんだいちばん一番窓際のベッドがふくらんでいる。
サンジ、と呼ぶとがばと起き上がり、ゾロを確認するとまたがばと布団をかぶった。
その勢いとは裏腹に弱々しく、布団の中でぼそぼそとおれもう死ぬしかないと言った。
ゾロは内心めんどくせーとおもった。
けれどそれは秘密だ。
秘密なのはゾロが意外とやさしいからだ。
「なんで」
「だって、み、みんなにあんなこと知られて」
「知られたらなんかやばいのか」
「やばいに決まってるだろ!!!」
サンジが掛け布団を押しのけて怒った顔を見せたのであーあーめんどくせー、とまたゾロはおもった。
やばいって、どうして?
お前がだれもが認める女好きだったのに男に走ったから?
みんなにおかしな目で見られるから?
ホモだっていって気持ち悪がられたり、後ろ指さされたり笑いのタネになったりするから?
のちのちの将来の心配でも?
全部どうだっていいじゃないか、
どうせお前のことだから明日には気が変わっておれのことなんか好きじゃなくなってまた適当な女とデキて、
そしたら何の問題もなくなるんだから、別にそうなるかもしれないんだから、
今ちょっと知られてしまってかっこ悪いとか気持ち悪いとか今だけ少しくらいいいじゃないか、何も死ぬことない。
「おれと付き合ってるってことがばれたら、やばい?」
ベッドの端にすわって、腰をひねってサンジに顔を近づける。
それこそ頬の、産毛の一本一本まで確認できるような距離まで。
「みんなにばれたら死ななきゃいけない程度にしか、おれのことが好きじゃない?」
サンジの顔がくしゃっとゆがむ。
けど何も言わない。
なんだよ、この程度のことで、くだらねえ。
身体を引こうとすると、逆にぐっと抱き寄せられた。
「汗くせ」
なんだよ、こんなの、とサンジは口のなかで唱えながら、そのまま巻き取るようにゾロをベッドにおしつけた。
軽いくちづけ、頭のなかがぐちゃぐちゃで、どうしたらいいのかわからないままの顔で見下ろしてくる。
ゾロだってどうしたらいいのかわらかないのだから、教えを請うような目はしないでほしい。





そのときドアが開く音がしたので、サンジはあわてて体を離した、ついでにベッドからずりおちた。
「あら、あなたたち、保健室で何やってるの」
保険医のロビン先生がいつもと変わらない表情のままで、淡々と話す。
後ろにはふたりの女子生徒、水色の長い髪の1年の子と、うちの学級委員長と。
サンジがまたわかりやすく青ざめたので、ゾロはベッドから降りてサンジを布団にもどしてやると、
先生こいつ具合わるいんですと言ってみた。
「まだよくならないのね。ゆっくり休みなさい」
それだけ告げると彼女は机から書類を取り上げ、ふたりの女子生徒を伴って出て行った。
青い髪のほうは気まずそうに頬を染めて目をそらしていたが、
学級委員長のほうは悪戯っぽい笑顔をこちらに向けていった。
やはり彼女はいい女だ。
「もう死ぬしかない」
サンジは真っ白でぱりぱりのカバーのかかった布団の下から、蚊の鳴く声で言った。
なあ、大丈夫だって。
しらじらしいので声には出さない。
ただもう一度布団を被り治して丸くなった彼の頭だか背中だか尻だかわからない部位をぽんとたたく。
誰だってそんな別に俺たちにたいして興味なんかない。
どうせみんな明日か明後日になれば忘れてしまうのだ、そうでなければ大人になんかなれないのだから。







爽やかを狙って大コケ。年齢をわかくすりゃいいってもんじゃない。
その節はありがとうございますをこめて。