墜落する青い鳥
一度もしゃべったことのないクラスメイトに話しかけられた。
名前はなんだっけ、と思いをめぐらせながら適当にうなずいていたらいつの間にか放課後、そいつの家に遊びに行くことになっていた。
普段から、あんまり何にも考えずに行動しているから、そういう話の進み方には慣れていた。
けど、それに気がつかないほど何にも考えていないわけじゃない。
ばいばあい、サンジくん、という間の抜けた女生徒の声で、なるほどこいつの名前はサンジというのかとわかった、
どうしていきなりこんなことになったんだろうか?
ゆっくりと考えをめぐらせる暇もなくサンジはぺらぺらとしゃべりかけてくる。
好きな料理は?さっぱり系?和食かあ、おれはどっちかっていうとフレンチとかの方が得意なんだけどなあたとえばさあ、
そのあと料理に関するうちんくがなんのかんのどうのこうのと続いたが、
知らない横文字がたくさん並んだがよくわからなかったのであっという間に耳を抜けていってしまった。
サンジの家は、私鉄で20分くらい行った駅から程近いマンションの上層にあった
家賃が高そうだなと思ったのは正しくて、エレベーターを降りてここだよ、と言われた場所には見る限りドアがふたつしかない。
敷地は広そうなマンションだったのに。
部屋に通され、ちょっとテレビ見てて、と言われて、やっと時間が出来た、
どうしていきなりこんなことになったんだっけなとぼんやり考えているうちに、いいにおいがしてきて、できたよ、とサンジが食卓に皿を並べ始めた。
なるほど先ほどあれだけ料理のうんちくを傾けただけのことはあってうまかった。
サンジ自身料理が好きらしく、うまい、と言ってやるとにこにことうれしそうにして、
それからまたゾロにはよくわからない言葉でたぶん料理のことをあれこれと話していた。
どう返事をしたものかと迷っていたけれども、どうやらサンジにゾロが聞いていてもいなくてもおかまいなしのようだ。
食事が終わって、うまかった、でもなんで今日急に俺に話しかけてきた?と聞くと、
サンジは花がほころぶようにふわりと、人好きのする笑顔を見せた。
ゾロはなんとなくぞっとした、ゾロの勘のような本能のようなものが察知した。
逃げる方法はあるだろうか、エレベーターホールに部屋のドアはふたつだけ、あっという間につかまって引き戻されるだろう。
今までにいろんなやつとかかわってきたけれども、こういうのはあんまりない、
頭が悪くて考えていることや感じていることが全部表に出てくるやつばかりだったから、にこにこして腹の中が見えない相手には慣れていない、
慣れていないから相手が何をしてくるのかわからない、予測もつかない、予測のつかないものは危険だ、かわし方も逃げ方もわからない。
「うんえっと、今までずーっとゾロに話しかけてみたいとおもってたんだ?でもゾロっていろんな噂あるでしょ」
「あー」
自覚はあった。
自分が節操なくあれこれいろんなことをするからいろんなことを言われる、ほんとうのこともあれば誇張されたこともあるみたいだが、自
分自身が他人にどう見えているかなんかあんまり興味がないから知らない。
それよりも目の前の相手にどう対処しようかといつもそればかり考えている、どんな状況でも乗り越えていけるよう、今も。
「だからどんなやつなのかなってさ、わからなかったから知りたくって」
サンジは微笑を崩さないままで立ち上がった。
ゾロの横にやってきて、すぐそばに座る。
目を合わせて首を傾げる、青い瞳が訴え、たずねかけてくるみたいな。
こういう目的か、そのふりをしているのか、とりあえずは従っておこうもしかしてわかりやすいそれだけなのかもしれないと薄くまぶたを閉じた。
ゾロの受け入れる姿勢に、サンジもまた目を細めて笑った、と思った瞬間、腹に衝撃があった。
続いてこみ上げてくる嘔吐感、さっき食べたばかりの食事が喉元まで逆流してくる。
目の前でにこにこしていたサンジに殴られたのだと気がつくのには少し時間がかかった。
「だめだよ吐いちゃ、もったいないからね」
前のめりになって青ざめるゾロの顎をサンジの手が容赦なく押さえる、口が開けなくなる。
舌の裏からじゅわ、と大量の唾液が分泌される、もうだめだ吐いたほうがはやいと思ったら、サンジを突き飛ばしていた。
吐瀉物が床にはねて制服を汚した。
「あーあ、だめだよって言ったのに」
サンジの腕がうずくまるゾロの首元に伸び、この上で締められるのかと逃げかけたが、ネクタイを思い切り引っ張られて引き戻された。
膝元に頭を押し付けられると、自分のもどしたもののにおいがつんと鼻を刺した。
器用な指先がゾロの首からネクタイを取り去り、それがそのまま両手首を縛る。
あーあ、こういうのが好きなやつなのか、やっかいだな、見た目がお上品なだけに、汚いのもあんまり気にしてねぇな。
ゾロはもうすでにそれを迎え入れる心の準備ができているのだった。
ここでこの、少なくとも性癖がおかしなことだけはわかったクラスメイトに殺されればそれまでで、
生きて帰ってくることができればただまた自分の許容範囲の広さを確かめることになるだけだ。
サンジは少しも息を荒げることなく、変わらずにこにこして、ゾロの服を脱がせにかかった。
シャツのボタンを外し、ゾロの肩を剥き出しにしたが、腕を縛っているせいで袖が抜けない。
迷わず鋏を持ち出してざくざくと切り裂く。
鋏の冷たい感触が腕に触れ、身体を強張らせたが、それはゾロの皮膚に突き立てられたりすることなく遠ざかった、そしてゾロの上半身は裸になった。
制服の指定のシャツがただの布きれになってしまった。
そう何枚も持っているわけではないのにどうしてくれるのだろうか、それともこいつはなんだか金持ちくさいから弁償でもしてくれるのか?
どうでもいいことを考える余裕が出来てくる、吐瀉物のにおいに眉をしかめて、ゾロはにやりと笑いかける。
さあ、お楽しみをはじめてくれないか。
2008年七夕