Drastic Violet
帰ってきたらサンジがいなかったので、ゾロはむしゃくしゃして部屋を見渡した。
テーブルの上には箸が並んで、茶碗とおわんがひっくり返しておいてある、
それならなぜ彼はいないのかとかっとなってきちんと夕食の準備がされているのをなぎはらってしまいたい衝動をこらえる。
ぐっと腹に力をこめてせり上がってくる赤黒い何かを押し込める、そして深く息を吐く。
そこで、玄関が開く音がした。
「ふい〜ただいま」
サンジがコンビニの袋を手にして帰ってきた。
「醤油きらしてたから買ってきたんだ、」
言い終わらないうちにサンジの横っ面を殴った。
ふいうちだったせいか、そう力をこめていないはずなのに簡単にふっとんで床に転がる。
部屋の温度が変わる。
自分の息は荒くなっていて、目の前はくらくらするほど赤い。
「ご、ごめん、」
唇の端から滲む血を手の甲で拭いながらサンジが言う、その腹を爪先で蹴りつける。
喉を鳴らし、それから咳き込んで、怯えた目でゾロを見上げてくる、気に入らない。
もっともっと打ちのめしてやりたいとおもう一方で、なんでこんなことをという後悔が四肢にまとわりついてくる。
こらえる。
なにかをぐっと、飲み込む。
「メシ」
ゾロは乱暴に椅子に座った。
サンジのほうは見なかった。
夕飯はたけのこごはんとなめこの味噌汁と鯵の干物と大根おろし、しらじらとした空気で、会話はない。
セックスのときはまず、ゾロがサンジの服を全部脱がせるのがルールになっている。
腕にも、足にも腹にも、紫色のあざが絶えない。
それを目にするとゾロは泣きたくなる。
だからいつくしむように何度も、キスをする。
それをつけたのが自分であると知っていても。
サンジが裸になった後、リードするのはサンジの役目で、ゾロはされるがままだ。
やさしく、時にすこし強引にゾロを抱く、けれどけして嫌がることはしないしひどいこともしない。
それならどうして自分はと、ひどく険しい表情になってしまう、痛い?と顔を覗き込まれる。
「大丈夫?」
あやすみたいにこめかみにくちづけられ、腰の動きが緩められる。
ゆるゆると首を振ると、再びゆさぶられはじめる、イくときにはどうしてもいつも、殴り倒したときの彼の哀れな顔を思い出す。
昼間買い物に出たとき、切らしているのはわかっていたけれども特売の醤油の横を素通りした。
夕食の支度を万全に整えてから、ゾロが帰ってくる時間を見計らって鍵もかけずに部屋を出る。
コンビニで醤油だけ買って悠々と帰る、おそらくもうゾロは部屋にいるだろうと予想しながら。
彼は冷蔵庫にビールが冷えていることにも気づかずに、サンジの不在に怒っていることだろう。
テーブルの上の夕食の準備は無事だろうか、ともかく帰路をちんたら進む。
ほんとは意気揚々と駆け出したいところだが、彼の衝動が十二分に熱するまで焦らさなければ意味がない。
へらへら帰るとすぐに無言のゾロに殴られた。
拳で一発。
歯を食いしばる暇もなく床にぶっとばされる、体がこわばって生命危険信号を発する。
「ご、ごめん、」
いつものことだし馴れているのに、やはり瞳は恐怖を映し出してしまうのだろう、
言い終わらないうちに二発目の、今度は鋭い蹴りが腹に入ってむせる。
頭の裏側が沸騰してくらくらして口の中には血の味、なのに心の口角はあがりっぱなし。
肉体がボロ雑巾みたいに惨めったらしく見えればいい。
ゾロを見上げると、どうやらもう昂ぶりの頂点は過ぎているらしい。
もう殴らなくてもいいし、もっとやってもいいし、好きにすればいい、
やればやるほどゾロは深みに嵌って離れられなくなるのだから。
それこそもがけばもがくほど離れられなくなる、粘着性のネズミ捕りのように。
夕食が終わってからごくごく健康的なセックスをするのはいつものことだが、たまにある種の暴力的な欲求にかられることもある。
自らがつけた青痣を目にしてしょぼくれるゾロ、何故かこのときばかりは主導権を与えてくるゾロ、
めいっぱい大切にしたい気持ちと元に戻らないくらいに引き裂いてやりたい気持ちとでますます下半身が熱くなる。
前戯も何もなしにぶち犯してみたいとか、無防備にのけぞらしている喉をぐっと締めてみたいとか、
泣いてる顔痛がってる顔苦しそうな顔が見たいとか。
でもしない。
そんな危ないことはしない。
今のままで、まるで被害者の女のように黙ってじっとしていれば、たぶんゾロは離れていかない。
虐げられる自分が彼がそばにいることによって誤魔化されているのか、
ほんとは出て行ってしまいたいかもしれない彼が便利なサンドバックによって誤魔化されているのか、
どちらもなんだか離れられないまま寄りかかりあってうだうだしているうちに、
何がどちらにとっての飴なのか鞭なのか、好いた惚れたがどうこうとか、もうわからなくなってしまった。
それで幸せなのかって?
不躾な質問をするもんじゃない。
5月19日、及び5月21日の日記より。ドメスティックバイオレンスなサンゾロ。